読了:2015年1月30日
ラノベを読み始めてから、壁井ユカコの名前は何度となく複数の人の口から(そしてAmazon先生のおすすめから)聞き及んでいたがなかなか読む機会を作れずにいた。先日、暇つぶしに入った店でたまたま本書を見つけ、立ち読みした藤田香織の解説に惹かれていざ尋常に壁井作品デビュー。
なぜか横書きの目次に並んだ各章のタイトルはJ-POPの歌詞のような感じもあって、大丈夫かな?と思いながら読み始めたのだが、あれよあれよという間に引き込まれて、とにかくもうめちゃくちゃ揺さぶられた。なんだこれ。すごい。
両親のいない孤児で、従兄と二人暮らしを営む女子高校生、有海の17歳の夏を切り取ったストーリーである。
始まり方は少し不穏だ。有海の携帯電話に、かかってくる筈のない電話番号から度々着信が入り、更に見も知らぬ小さな男の子がその電話にちょっと物騒なことを言ってくる。その謎の調査に出かけた先で有海は不良少年・春川と出会い、物語が動き出すという展開。
有海と春川が少しずつ距離を縮めていく中で、やがて互いの気持ちは臆病な恋になり、更に分かちがたいほど唯一無二の想いになっていくのだが、二人の気持ちの変化に呼応するようにふしぎな電話の謎も解かれていく。
存在し得ない電話の相手というモチーフは、乙一の『きみにしか聞こえない Calling You』を彷彿とさせるが、有海は電話に対してひどく醒めた態度を貫く。あり得ないと否定することもないかわりに積極的に解明しようともしないし、着信にも通話にもそれほどテンションを上げることがない。ただ、この電話がなにか特別なものであることは理解している。SF要素をこんな風に使うのは、有海の淡白なまでの受動性がストーリー全体で演繹的に演出されているようで、非常におもしろく読んだ。
有海は一見おだやかな少女だ。適度な親密度の友人に囲まれ、高校生らしい片想いを抱え、特技や才能があるわけでもなく、平々凡々の毎日をふわふわ生きている。しかし、彼女の言動の随所にはなんらかの欠落感が漂う。
たとえば、一匹のはぐれ蛍を見つけ追いかけるシーン、蛍を見失ったあと有海は思う。
追いついて捕まえたとしてもどうしようもないから、追いつけないままでよかったかもしれない。追いつけないほうがいつまでも遠くを見ていられる。
大人の姑息な割り切りや幼児の無邪気な情熱、どちらにも属さないこの有海の感覚は、十代の少女の多くが痛みとともに共感を覚えるものではないだろうか。愚かで拙く、けれど得難く尊いこの少女性は全編をまっすぐ貫いており、その生々しさに何度も胸をえぐられる思いがした。
有海と春川の恋愛は、紡木たく『ホットロード』の和希と春山のそれにも少し似ている。親に恵まれなかったためにどうやって愛を形作ればいいのかを知らず、ただがむしゃらに寄り添うことしかできない。自分を傷つけながら誰かを傷つけて、苦しさや痛みに気づかない振りをしながら自分を守ろうとしている無力な子ども。運命と呼ぶには静かすぎる出会いで、愛と呼ぶには幼すぎる二人だったのだ。
有海と春川の傷だらけの人生が交差する先に、ハッピーエンドはない。しかし、本書を読み終わったに残るのは絶望感ではない。心をえぐられきって、余計なものをすべて削ぎ落とされて初めて見える何かを、そこに見いだせる気がする。
現在進行中
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